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東京高等裁判所 昭和32年(ネ)277号 判決 1959年3月05日

控訴人 小山礼吉

被控訴人 国

訴訟代理人 舘忠彦 外二名

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、「原判決を取り消す。被控訴人は控訴人に対し金二十八万八千二百四円及びこれに対する昭和二十五年十二月十六日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求め、被控訴代理人は主文第一項同旨の判決を求めた。

当事者双方の陳述した事実上の主張は、原判決の事実摘示と同一であるからこれを引用する。

当事者双方の証拠の提出援用認否<省略>

理由

控訴人は昭和二十五年六月二十六日被控訴人から、同年特約解第五〇三号、第五〇七号、第五〇九号、第五一〇号、第五一六号、第五一九号及び第五二〇号の、訴外小島嘉一郎は同第四九四号の各払下(解除)物件売買契約により、被控訴人か訴外太陽商事株式会社練馬倉庫に保管中の木材の払下を受けたことは当事者間に争なく、原審及び当審証人小池泰岳、原審証人小石川和一郎、当審証人小島嘉一郎の名証言、原審及び当審における控訴本人尋問の結果と、右小島証人の証言及び原審における右控訴本人尋問の結果によつて成立を認める甲第二号証の一、二を綜合すれば、控訴人は同年七月五日右小島から同人が払下を受けた前記の木材を買い受けたことが認められる。前掲小池小石川両証人の証言及び控訴本人尋問の結果と、これにより真正に成立したものと認める甲第三号証の一、二によれば、控訴人は昭和二十五年六月十六日から同年七月十五日までの前記払下木材全部の保管料として合計金二十八万八千二百四円を訴外太陽商事株式会社に同年十二月十五日支払つたことが認められる。

控訴人は、本件木材の売買契約においては右保管料は被控訴人(売主)が負担する約定であつたと主張するに対し、被控訴人は右保管料は控訴人及び小島(買主)において負担する契約であつたと主張するので判断する。原審及び当審証人小池泰岳、当審証人小島嘉一郎、工藤健三郎(第一回)の各証言並びに原審及び当審における控訴本人の供述中には控訴人の右主張を裏付ける趣旨の証言及び供述部分があるけれども、後記の各証拠に照して信用できない。もつとも、成立に争のない甲第一号証の一ないし七(いずれも控訴人関係の本件木材の売買契約書)によれば、本件売買契約について、当事者間に作成された契約書には、文面上売買物件の引渡期日までの分の保管料負担に関する約定には何等触れていないけれども契約条項第二条において「乙(買主である控訴人)は受渡期限の翌日から引取り迄の保管料その地の費用を甲(売主である被控訴人)又は甲の指示するものに支払うものとする。」旨記載されていることが認められるので、右記載から推考すると、一見控訴人主張のような約定があつたかの感がしないわけではない。しかし後記認定の諸事実と判断からすれば、右甲号証は未だ以て控訴人主張の事実を認定するに足る資料として採用することができない。他に右主張事実を肯認できる証拠は存在しない。反つて、いずれも成立に争のない乙第一ないし第三号証、第六号証、原審証人五島悦三の証言により成立を認める同第四、第五号証及び右証人の証言、原審証人花形弘三郎、当審(第一、二回)証人工藤健三郎の各証言を綜合すれば、次の事実を認めることができる。すなわち、東京特別調達局は駐留軍からの解除物件(不要に帰したもので政府に返還されたもの)の受領、保管、売却(民間えの払下)等国の事務を処理しており、右解除物件の払下は会計法並びに予算決算及び会計令に基いて競争入札の方法によつて行われるのであるが、右入札は先ず入札公告がなされ、買受希望者に売却条件その他を記載した解除物件買受人心得という印刷物を配付したり、入札場の見易い所に右と同様の記載のある「買受人心得」の掲示をして、一般の買受人をして被控訴人の定めた売却条件等を周知させる方法を採つた上で入札を行い、最高価の落札者を買主と決定し契約書を作成するのであつて、本件売買契約もまた右のような入札方法によつて行われたものである。(本件売買契約が右のような会計法規に基いてなした競争入札を経てなされた点は当事者間に争がない。)ところが、昭和二十五年春頃から駐留軍から国に返還される解除物件の数量が急激に増加し、これに伴つて被控訴人が倉庫業者に依頼して保管させた解除物件の保管料額が増大するに至つた。そこでその軽減を図るために従前払下物件の受渡期限までの保管料は、被控訴人が負担する取扱であつたけれども、その取扱を改め、月の一日から十五日までと十六日から月末までの二期に分け、落札日の属する期の分から買受人の負担とすることに変更し、その旨を公示した上、昭和二十五年六月十日頃からこれを実施することを定めた。そこで本件解除物件の払下に当つても、被控訴人は右変更後の取扱方針に従い、当時被控訴人の依頼により右物件を保管していた太陽商事株式会社に支払うべき保管料は落札日の属する期の分から買受人が負担することと売却条件を変更し右の売却条件を掲載した入札公告をなし、更に右売却条件を前記の買受人心得によつて入札希望者に周知させ、入札場には右同旨の内容を墨書した縦二尺横五尺位の買受人心得を掲示して同年六月二十六日入札を実施したもので、控訴人及び小島もそれぞれ「貴庁提示の買受人心得各条項承諾の上上記の通り入札致します」と記載された入札書に落札希望金額を記入して入札を行い、右両名がそれぞれ最高価落札者として買受人と決定され、次いで契約書が作成された。その際、たまたま被控訴人の係員の不注意により、契約条項第二条として従前の取扱方針による前記認定のような不動文字の記載がある古い契約書用紙を訂正しないままで本件の契約書として使用したため契約書の文面上には保管料につき入札日の属する期の分から買受人が負担する旨の前記契約条件が明記されなかつたものである。そうしてその後控訴人は昭和二十五年六月十六日以降の保管料は譲受人の負担とする旨の引渡条件その他を記載した物件引渡証書に自ら受領印を押してこれを被控訴人に差入れた。以上のとおり認めることができるのであつて右認定を左右するに足りる証拠は他に存しない。右認定の事実によると、本件売買契約においては、保管料は落札日の属する期すなわち昭和二十五年六月十六日以降受渡期限である同年七月十五日までの分は、買主である控訴人及び小島においてそれぞれ負担する約定であつて上記本件売買契約書(甲第一号証の一ないし七はそのうち控訴人関係の分)中の契約条項第二条の記載は、訂正もれであり、しかも控訴人は、そのことを十分に了知していたか、少くとも了知し得る状態におかれていたと解するを相当とする。

控訴人は、本件契約は予算決算及び会計令に基き契約書の作成を必要とする要式行為で、右契約書の記載以外に口頭契約等により契約内容を定めることは許されないものであるところ、何等の改訂も加えられない従来の用紙を契約書として使用した本件においては、被控訴人の主張は契約書面と異つた内容の口頭契約が成立していると主張するに帰するもので、右は予算決算及び会計令第六十八条の根本原則を無視するもので失当である旨主張する。しかしながら本件契約については、上記認定のように契約書が作成されたのであり、ただ契約条項第二条は上記説明したような経緯で訂正もれである事は右に認定した通りであるから、本件契約は右法条の根本原則を無視したものと断定することはできない。

受渡期限までの保管料は被控訴人が負担する約定の成立したことを前提とし右立替保管料の支払を求める本訴請求は、その余の点についての判断をなすまでもなく失当であるから、これを棄却すべく、右と同趣旨の原判決は相当で本件控訴は理由がないので、民事訴訟法第三八四条第一項を適用してこれを棄却することとし、控訴費用の負担について同法第九五条、第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 村松俊夫 伊藤顕信 小河八十次)

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